ネトウヨ-自民党-アメリカ右派(5-2)
この時期というのは非常に多くの事件があり、私の記憶も錯綜しているところがありますが、まずは大きな事件を取り上げていきましょう。
- イラク人質事件
2003年から自衛隊がイラクに派兵された訳ですが、この派兵自体アメリカが起こしたイラクへの傀儡化戦争が現地住民の粘り強い抵抗と周辺諸国からの「義勇兵」名目での参戦によって「予想外」*1の苦戦を強いられ、アメリカ国内を深く侵蝕してしまっている訳ですが、既にこの2003年の半ばの時点で泥沼化していました。
しかし、当時の小泉総理大臣は対米協力こそが国益。と言う自分のポリシーから批判を全く無視してまずは陸上自衛隊をサマーワに派兵し、その後航空自衛隊をバグダッドに派兵した。この派兵の特色は国連のPKOや停戦監視ですらなく、テロ国家・イラクを成敗したアメリカの手伝いをしなければ憲法でかかれているところの「名誉ある地位」は実現しない。と言う詭弁に詭弁を重ねたかのようなものすごい暴論の強弁でありました。
その前後から派兵反対の声というのはけして低くなく・大きな動きとしてあったのをマスコミがマトモに報じずにごくごく一部の物好き不逞の輩がやってる戯れ言として取り上げることが多く・その当時の小泉マジックに熱狂していた国民の大半からは無視されていた。
そういうバックグラウンドがあって、イラクのストリートチルドレン支援を行っている高遠氏とフォトジャーナリストの渡辺氏とイラクの現実を見極めにきた今井氏の三名がアンマンからバグダッドに向かう途中で武装組織に捕まって自衛隊撤退を求める為の人質になったのですが、それが分かってから半日かそこいらで政府も国民も彼らをバッシングしました。
捕まった人たちの家族が自衛隊を撤兵すべきだ。と言う声名を出し・その当初は人質解放最優先がネット上の論調の主流でありました。
それに対して小泉元総理大臣や福田元官房長官が「自己責任である。政府に迷惑をかけるな。」などと反論、テロに屈しないと称して非常識なまでに強硬な姿勢をとりました。*2
この時点からネットの論調が急展開しまして、テロに屈するな。人質は自己責任なんだから死ね。救出しなくていい。と言う声一色で埋め尽くされました。
その中では三氏を糾弾すると共に家族も含めた思想基盤や交友関係を暴きたて罵倒し・果ては住所や職場までばらまかれて電凸することを唆し・そしてそれらの行為を本人や家族に対して行った人間がネ申と囃し立てる事が公然と行われていました。
結果として家族は沈黙を強いられ、テレビでもネットでも政府におもねる言説に疑問を発するどころか人質の安全や正当性を述べただけで多くの書き込みから恫喝されたり「反日サヨク」のレッテルを張って罵倒される状況に数日とかからずになってしまいました。
三氏はのちに解放されますが、しかしネット上では「イラク三馬鹿」と呼ばれ後々まで罵倒と誹謗中傷の対象にされました。
この一連の騒動は香田氏がイラクで人質となった2004年4月にも暗い影を落とし、この時には世論も政府も人質を見捨てて当たり前。と言う「空気」が醸成されていたのでマスコミでも香田氏救出の為に手を尽くせという論調は皆無に近く・ネットであれマスコミであれその手の論調を行えば即座に「反日」「サヨク」なるレッテルが張られて自己批判か沈黙かを迫られるような異常な状況を招きました。
補追:この事件での人質がどういう扱いを日本で受けていたかは映画「バッシング」で詳しく描かれています。
http://www.cinematopics.com/cinema/works/output2.php?oid=6490
※この項については莫大な資料が2ちゃんねるの過去ログや右派系・左派系のblogにありますので資料発掘がさらに必要かも※