結局サンピンが分に合わない責任を取るのが世の中か(´ー`)
http://www.be.asahi.com/20050115/W27/0015.html
幼児性
地位ある者ほど始末が悪い拗(す)ねる。駄々をこねる。わがままをいう。甘える。それらは必ずしも幼児の専売特許というわけでもなく、大人のあいだにもよく見られる行動だ。しかも、社会的地位が高く、金もある大人ほど幼児性を発揮する。たとえば、社長や重役、文豪や巨匠、親方や監督といった客の面々が集う銀座のクラブは保育園のような場所だ。彼らの愚痴や説教の聞き手になってやり、煙草(たばこ)の火をつけてやったり、飲み物をつくってやったり、つまみを口に入れてやったり、痛いところをさすってやったりするホステスたちは保母さんみたいなもので、客はベビーシッティングされにそこへ行くのである。
金も地位もある幼児たちの言葉は無内容で、独りよがりであることが多い。他人の話、特に若い者や女の話を聞く耳を持たず、時代遅れだとか、無意味だと批判されると、逆切れし、開き直ったりする。太平洋の向こうの国の大統領やこの国の首相やこの首都の知事の顔が思い浮かぶ。会社では社長や上司が、国家や地方にあっては大統領、首相、知事が常に一番重い責任を負うことになっているが、実際は逆で、下々の者には自己責任を押し付け、自らの責任はうやむやにする。つまり、地位が高いほど責任逃れがしやすいというわけだ。
たとえば、戦争責任。これは戦争を始めた者が負うべきなのだが、いったいどのような責任の取り方があるのだろう。焼跡(やけあと)は復興できても、死者は復讐(ふくしゅう)できない。どうせいつかは辞めるのだから、大統領や首相を辞任したところで責任を取ったことにはならない。出口を決めずに戦争を始めた男を戦争犯罪人として告発しようにも、最高責任者を裁ける者もいない。侍なら切腹すべきところだが、その気はなさそうだ。ならば、誰かが仇(あだ)を討つしかない。それがテロリストの大義だろう。天罰が下らないなら、オレが責任を取らせてやる、というわけだ。指導者も幼児化する世界に暮らすこの不安は当分続く。(しまだ・まさひこ 作家)
「下の者を思って」と言う言葉通りに動く者などこの世にいるのか?
社会に出て10年を越えるが、そのような仁侠の徒に巡りあった事は数える程だ。
ましてや、上司など利害が絡む人間でそのように振る舞った者は一人いるかいないかだった。
結局、保身が大事で策術で人を貶める者・部下を裏切る者が殆どであったと思うし、今の世の中劇的にこの実感や状況が変わることは絶望的だと思う。
そういう意味では、私には絶望しか残っていないのかもしれない。
しかし、前に進むしかないのであろう。状況を少しでも帰られるという希望のみを胸に抱いて。
*1:朝日はリンク禁止とかうるさいこと言う割にすぐに記事を消すので陰陽します