「クーデター」は五年前の平壌会談以前から周到に準備がされていた?
このことは、安倍氏を始めとする統一協会グループは最初の平壌会談以前からクーデター的に日本の国政を乗っ取る準備をしていたのではないかと言う疑惑につながる訳ですが…
http://homepage3.nifty.com/gomiken/essay/document/abduct.htm
(一部のみ)
毎日新聞ニュースセレクション 02年11月28日 http://www.mainichi.co.jp/news/selection/20021128k0000m010160000c.html
拉致被害者対応めぐり官邸で激論 安倍副長官と田中局長朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)による拉致被害者5人が24年ぶりの帰国を果たしてから1週間余りたった10月23日、首相官邸を外務省の田中均アジア大洋州局長が訪ねた。一室には福田康夫官房長官、安倍晋三官房副長官、中山恭子内閣参与が集まっていた。
「5人を北朝鮮に戻したあと、日本に再帰国する保証はあるのか」
安倍氏の問い掛けに対し、田中氏は明確な答えを返せなかった。安倍氏は畳み掛けた。「5人を北朝鮮に戻し、もし二度と日本へ戻って来なかったら世論を抑えることができない。そもそも拉致は国家主権の侵害だ。北朝鮮へ5人を戻すことを論理的にどう君は説明するのか」と迫った。
田中氏は「外交には段取りがある。5人が残ることを前提に交渉してきていない」と難色を示してから、さらにこう付け加えた。「5人を戻さなければ、私の交渉のパイプが維持できない」
田中氏は1年以上、北朝鮮と水面下で折衝を続け、史上初の日朝首脳会談を実現した。交渉相手は「序列順位が極めて高い軍関係者」(外務省幹部)だという。政府関係者が認める交渉パイプの重要性を盾に田中氏は粘ったが、安倍氏が口にした「世論」の言葉に抗する声は出なかった。
(後略)
この後、政府は一時帰国していた「拉致被害者」を「逆拉致」するかの如く北朝鮮に戻さず、北朝鮮との問題は安倍氏を中心とした拉致議連グループと蓮地氏の兄や日本青年社を中心とする「拉致被害者家族の会」グループによって、「戦争に準ずる問題」と言う風に「格上げ」され、そしてその中で安倍氏が政治のキャスティングボードを握るかのような形で動いていったのはここ五年、見るままの通りです。
さて、ここで不思議なのは、id:artane:20060819で提示した、「安倍ー日本青年社ー住吉会ー北朝鮮」と言うつながりと北朝鮮を敵視する安倍氏の整合性がどうも取れないことです。
その、「失われた輪」とは、北朝鮮と安倍氏を繋ぐ糊であり、この五年間の「拉致問題」なるものとして日本で行われてきたことが茶番劇である事…安倍氏と北朝鮮を利害関係で一致させる存在がいる…の傍証になる訳ですが。
http://www.web-arita.com/touitu1.html
南北共同宣言と統一教会
(ここまで中略)
統一教会がこの会社を北朝鮮で経営する経過は、91年12月6日にさかのぼる。韓国政府にも極秘で北朝鮮に入った文鮮明と朴普煕は、この日、金日成主席と会談。そこでは離散家族の再会問題、核視察受け入れ問題とともに南北首脳会談についても話し合われている。さらには経済問題も協議され、次のような合意が成立した。
「海外僑胞をはじめとするすべての国家の対北朝鮮経済投資を歓迎し、軍需産業を除外した北朝鮮の平和的経済事業に統一グループが支援する大原則に合意した」この会談で文教祖側から持ち出されたのが、ホテル経営や金剛山開発だった。北側は受け入れの条件として1億5千万ドルの献金を求めたが、統一教会側は35億ドルの援助を約束したという。こうして実現したのが平壌にある普通江ホテルの経営だ。安山通りにあるこのホテルは73年に建築され、9階建て、約170室を持つ。統一教会が経営をはじめたのは93年11月から。
金日成―文鮮明会談で合意したのは、ホテル経営だけではなかった。たとえば文教祖が生まれた定州の生家跡を平和記念公園にすること(ただし万景台にある金日成の生家より大きくしてはならないとの条件がある)、平壌に統一教会の施設を建築すること、そして自動車工場を経営するという課題である。今回、南浦で着工式が行われたのも、91年合意の一環だった。
統一教会が北朝鮮で自動車工場を経営することは「金日成主席の時代からの悲願だった」(統一教会幹部)。ところがこの計画が実現するまでには大きな困難が待ちかまえていた。金剛山観光への統一教会の関与もふくめて韓国政府の許可が降りなかったからだ。しかし韓国に金大中政権が成立、北朝鮮に対していわゆる太陽政策が進むなかで自動車工場経営も容認されるに到った。
平和自動車では部品を日本から輸入し、北朝鮮の国産品としてトラック、バスを製造することになった。実は2月3日に行われた着工式に出席した朴普煕と朴相権は、その足で金正日総書記側近で、6月14日に行われた第2回南北首脳会談では金正日総書記にただ一人付き添った金容淳書記と会談している。
金容淳書記は1934年生まれで、金日成総合大学を卒業し、モスクワ大学に留学、統一戦線事業担当の党書記として活動。アジア・太平洋平和委員会委員長を歴任。南北統一問題に長年関わってきた。一方、朴相権・平和自動車社長は1950年生まれの統一教会幹部で、北朝鮮への渡航歴が34回ある。この2月の会議で話し合われた主要テーマが南北首脳会談についてだった。その内容が韓国政府に伝えられたのである。そこから一挙に南北首脳会談の開催へと進んだことは注目してよい。
朴相権は韓国で発行されている『時事ジャーナル』(5月4日号)のインタビューにこう答えている。
「北朝鮮の人と会って話していて、金大中大統領の任期が半分を切れば北朝鮮側は首脳会談には関心を持たないだろうと感じた。米国との関係もクリントン大統領がレイムダックに陥ってから北朝鮮側は積極的でなくなった。従って、大統領の任期が半分を切ってしまえば、今年6月まで、あるいは今年中に首脳会談を開かないと、永遠に機会を失うかもしれないと切実に思っていた」
だが韓国政府側は懐疑的だった。朴相権は政府の反応について語っている。「当時、韓国政府内には離散家族の再会や面会所の設置、インフラ支援など段階的にやるべきだとの意見が多かった。それで、私はス首脳会談さえ実現すれば、そうした問題はいっぺんで解決できると強調した。金日成主席ならいざしらず、金正日委員長が受けるかと質問されたので、私は現代財閥の実例を上げた。鄭周永名誉会長も会っているのに大統領が会えない理由はないと」(翻訳は『KOREA REPORT』、NO400)
南北首脳会談が実現するまでの経緯には、統一教会幹部が密使として動いていたのである。もちろんその背景には、文鮮明教祖が北朝鮮の出身であること、いずれ北で国際合同結婚式を行ないたいという願望がある。その規定的イデオロギーが「勝共」つまり共産主義に勝利することにあることにも変化はない。北朝鮮の経済的苦境は、国際的謀略組織という側面も持つ統一教会の浸透をいとも容易に許すほどにまで追い込まれている。
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即ち、拉致問題がここまで政治問題の中心になり、安倍氏が権力を強化させた背景には、北朝鮮が拉致問題で敢えて強硬姿勢を貫くという「協力」があったからであり、その「援助者」となったのは、統一協会ではないかと言う事です。
これで、ある程度今回の組閣の謎解き…未だ官邸周辺だけですが…が出来る材料が揃ったのではないでしょうか。
統一協会の最終目標は日本国自体のカルト宗教化と日本人の「家畜化」にあることはまちがいないでしょう。
それに対して批判すら許されないマスコミ、そして「便所の掃きだめ」2ちゃんねる。日本の怒りは確実に分断されつつある…
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