月よお前が悪いから…のアーカイブ

http://d.hatena.ne.jp/artane/ がサーバの関係で消えるようなので、アーカイブします。基本更新しません。

洒落にならない風説の影響力

d:id:kmiura:20090116:p1 経由で見つけましたが、こういう質問がありました。が、答えが余りにダメ過ぎるので検証してみます。


question:1204390932:五酸化二リンの粉末に水を入れたら煙吹いたのでMSDS調べたら有害とあり…と言う質問

五酸化二リンの粉末の入ったビーカー(100ml・乾燥剤として用いました)を片付けようとして、誤って流しで水を加えてしまいました。とたんに白煙が生じて上昇し、部屋の天井付近へたまりました。あわてて換気をして、五酸化二リンの溶解したタライの水はアルカリで中和して流してしまったのですが、MSDSを調べてみたところ、五酸化二リンおよびリン酸は人体・環境にかなり有害とのことで、どうしたものか、非常に不安です。慌てていて意識していませんでしたが、おそらく白煙を吸引してしまったと思います。そこで、?身体への影響がどの程度のものなのか、どのような症状がでるのか、また?河川など環境への影響はどの程度のものなのか、教えていただけないでしょうか。ネット上で、兵器として「白リン」なるものが使われていて非常に有害という情報も発見したもので、おびえています。よろしくお願いします。


1 回答者:fuk00346jp 2008-03-02 07:56:23 満足! 40ポイント CommentsAdd Star

白燐弾 - Wikipedia の中の五酸化二リンの項目

白リンが酸化すると生じる。乾燥剤としてごく普通に使用されている物質である。

急性吸入による最低危険レベルは0.02mg/m³とされ、これは燃料石油のガスと同じ程度である。ある程度の濃度であれば眼や鼻を刺激する。濃度の高いものを浴びると酷い咳に見舞われる可能性があるが、戦場での(開けた場所での)発煙弾としての使用における濃度では事実上無害である。発煙弾の発生させる五酸化二リンへの暴露のみが原因の兵士の死亡例は、今だ報告されていない。

 

五酸化二リン - Wikipedia

水に対する反応性が高く、音と熱を発しながら溶解し、リン酸となる。水と反応した場合はメタリン酸が、温水との場合はオルトリン酸が生成する。

 

何も問題は無いと思うんですけど?


回答者:heilig_zwei 2008-03-02 13:56:07 満足! 40ポイント CommentsAdd Star

国際化学物質安全性カード(WHO/IPCS/ILO)

? リン酸(オルトリン酸)は毒物、劇物に指定されてない無害の化合物です。弱酸性なので大量に浴びたり飲んだりすればもちろん悪影響を及ぼしますが、酢だって一気飲みすれば死ぬほどきついのですから、それと同じです。むしろリン酸は体内の代謝系でのエネルギー生産において超重要な物質です。

もし五酸化ニリンが蒸気中に含まれていたとしても、体内の水分と反応してリン酸になるので問題はありません。

MSDSにおける危険性というのはあくまで「最悪の事態」を想定して書いてあるので、神経質になる必要はありません。ただ「長期的、反復的な暴露により〜」などと書いてある場合は人体への蓄積が考えうるので多少慎重になったほうがいいかもしれませんが。

?影響はありません。てんぷら油流すほうがよっぽど有害な気がします。化学構造から考えて五酸化ニリンに水を加えて「白リン」が生じることはまず無いでしょう。

あのー、リン酸と五酸化二リンは違う物質ですよ?リン酸塩の過剰摂取のような「古典的な」問題を外しても、酷いすり替えだなぁ…
第一、細胞に接触する段階でリン酸になってるとは限らないのに…そもそも、オルトリン酸だけになるものなの??

ということで、まずは五酸化二リン(CAS 1314-56-3)のMSDSを調べました


http://www.k-erc.pref.kanagawa.jp/kisnet/hyouji.asp
で、CASコードを入れてみる。
外観的特徴
外観 白色非晶質または単斜晶系結晶
その他外観的特徴 潮解性,腐食性物質
物理的性状
分子量 141.94 〜141.95
比重 2.3 〜2.39
溶解度 水に溶解して正リン酸となる。水に激しく反応して発熱する
融点(℃) 563 〜 595
沸点(℃) 350

事故時処理概要 【危険地域内】機械を停止する。放置物質が湿気存在下で金属類と接触する時,発火物を除去,喫煙を禁止,裸火を消す。電気器具,スイッチを停止する。
【火災】この物質自体は不燃性。周辺部火災では,炭酸ガス,ドライケミカル,砂,土を使用。反応危険がある為,含水消火剤は使用禁止。容器を冷却し危険地域外に移す。容器内への注水禁止。
【漏洩】危険がない時は漏洩部を塞ぐ。
【流水】取水者に了解を求める。
【停留水】遮断し危険地域の乗物を移動させる。
【陸上】乾燥時は空気中で不活性で,蒸気や腐食性の霧も生じない。飛散時は,空気中の湿気を吸収して粘気状態になる。スコップを使い,乾燥し緩く蓋をし雨よけをした容器に入れて運ぶ。湿気や水と接触時に生じたリン酸は金属に腐食作用を及ぼす。ステンレス鋼,ゴム内張り鋼,多く合成物質は耐久性がある。残存物は吸収力のある材料で覆い,緩く蓋をして雨避けをした容器に入れて集積場に廃棄する。
事故時保護具キーワード 全身防護(激しく反応する) 
事故時保護具概要 呼吸防護用顔面マスク,酸防護用眼鏡付粉塵マスク,防護用手袋,現場活動服を着用する。
救急応急処置キーワード 医師を呼ぶ 呼気吹き込み 水洗浄(身体) 酸素吸入 身体保温 人工呼吸 水洗浄(眼) 側臥位(意識喪失時) 無菌包帯使用 

…さらに、水と反応してリン酸になるのでそちらもMSDSを見る。

http://www.k-erc.pref.kanagawa.jp/kisnet/code.asp?code=7664-38-2
示性式
分子式 H3PO4
H3O4P
各種コード番号 CAS番号:7664-38-2
既存化学物質番号:1-422
骨格 その他 
官能基 ヒドロキシ基 酸化物 その他 
用 途 医薬,医薬中間体 合成中間体 金属防錆・防蝕剤 食品添加剤 
外観的特徴
外観 無色の液体又は斜方晶系結晶
その他外観的特徴 250℃でピロリン酸,300℃でメタリン酸となる。強酸。危険物
分解性
熱分解性 加熱すると分解して有毒なPOxのガスを発する。
法規制
労働安全衛生法〔名称等表示〕 名称等を通知すべき有害物
海洋汚染防止法 D類物質等
条例・要綱及び指針
生活環境保全条例−化学物質の適性な管理(第39条) 規制物質
旧神奈川県化学物質環境安全管理指針(参考) 対象物質
旧神奈川県先端技術産業立地環境対策指針(毒性係数分類) A類物質(旧)
許容濃度
ACGIH
TWA(mg/m3) 1
STEL(mg/m3) 3
日本産業衛生学会
許容濃度(mg/m3) 1
急性毒性
対象動物種 投与経路 試験時間 毒性数値種類 毒性数値
人 その他 LDLo 220 mg/kg
ウサギ 経皮 LD50 2740 mg/kg
ラット 経口 LD50 1530 mg/kg
毒性症状 不特定の経路によりヒトに対して毒性を示す。経口摂取,皮フ接触により中程度の毒性。眼,皮フ粘膜に対する強い刺激物。吸入によると全身性の刺激物。

…つまり、五酸化二リンが水和して高熱出してガス化や酸化反応したら毒性を発揮する。と言うことですね*1

誰だよ、「リン酸は生物に含まれてるから毒じゃない」*2とか、「リン酸になるから大した毒じゃない」って大嘘ばらまいてるの?!
「麦からビール、さとうきびから味の○」*3じゃぁないのだから…まぁ、あっちもハッタリとインチキの混じったキャッチコピーではあるようですが。

ここでタグに戻すと、白リンが空気中で燃焼するときには


白リン+空気中の水分(+既に燃焼しているリン成分)→五酸化二リン*4リン酸化物(+酸素+水素):高熱と発光→リン酸+リン酸化物→…
と言う反応プロセスを示して、湿気が多ければ一気にリン酸やPOx(リン酸化物)まで反応して、POxも空気中の水分と反応するので総じてリン酸のみになる時間も短くなるけど、
湿気が少なければ五酸化二リンを含んだリン酸化物でありつづける時間が長くなるのでリン酸化物段階での毒性の出方が湿気の多少で異なる。(その上、白燐も化学変化に伴う熱で気化するので燐自体の毒性が発露する危険も多くなる*5
つまるところ、湿気の少ない中東では毒性が強く出る危険が高くなる。

ここから分かるのは、白燐弾無罪説や五酸化二リン(の水和反応で出る煙やそれ自体の)無害説は、過渡現象や生物学的挙動を無視して言われてる物に過ぎない。と言う化学反応と言うよりは科学全般に対する洞察眼の欠如からくる誤解が多分にある。(そういう人々が軍事をかくあるべし、お前の見解は間違ってるという文脈で論ずるというのは笑えない部分がある。良くも悪くも魔女審判の時代の科学認識と余り変わらないように見える。*6

初期に思い込みで突っ走るのはしょうがない。しかし、そこにある種の政治的イデオロギーが絡むとロクな事にならない*7。ずーっと突っ張るのはバカを通り越して有害ですらある…と言う実例。

くれぐれも、一歩進んでは足元を見るように…って言っても無駄だろうねorz

*1:経口時LD50 = 平たく言えば50%の人/動物が死ぬ量 = 1530mg/kgと言うのは非常に強い毒ではありませんが、無視できない。「その他」のLDLo=220mg/kgと言うのは…それにリン酸化物の毒性や腐食性もある

*2:って言うか、遺伝子や細胞を構成する大きな元素の化合物なんだから生物毒性は考慮しないとダメじゃないかと…リン酸塩と違って強酸性示すんだし

*3:旨味調味料=化学調味料として代表的なアレの製造法…一時期の国内向や海外向けの製品のように石油パラフィンからグルタミン酸を変換するのではなく、さとうきびのカスに残った糖蜜を特殊なバクテリアを使ってグルタミン酸に変換してるようですが、そこかあの白い結晶体に見えるほどの高純度のグルタミン酸ナトリウムに生成するにはさらに複雑な工程を経るのですが、そこの部分はあんまし開示されてない

*4:訂正:01/19 22:38

*5:加筆:01/19 22:40

*6:要は田母神論文自慰史観を真顔で論ずる人々の事を罵倒などできない程度には非科学的ではあるということ。

*7:例えばプルト君のように「プルトニウムは安全だから水にとかして飲んでも安全です」などというビデオを作って顰蹙を買うのと同じで